●江戸時代の時刻
酉から寅までの黒い帯部分が夜間 白い帯部分が昼間の時間帯を表す。  
●干支リングの付け替え

上部の丸い枠(ベゼル)がねじ込みではずれます。時計本体の溝にその月用の干支リングを乗せ再度ベゼルを締め付けて固定します。リングを外したままでも楽しめるデザインの工夫がされています。
★上の図 今年の「時の記念日」6月10日今夜の月は下弦の月(半月)
●月齢の表示窓
今夜の月の満ち欠け状態が一目で分かります。潮の満ち引きも同時に知ることが出来ます。
●干支リングの使用月
月毎にリングを取り替えますが、このリングが何月用のものかを示します。(これは6月用)
●現在時刻の分目盛り
通常の時計と同じく現在の時刻 の分、秒の目盛り。
●現在時刻の時間目盛り
通常の時計と同じく現在の時刻の時間の目盛り。

時針

分針

秒針

(昼間の場合)現在時間 午前10時10分35秒  江戸時間 「巳の刻」のはじめ頃
(夜間の場合)現在時間 午後10時10分35秒  江戸時間 「戌の刻」のなか頃
●干支リングの例

左は夏至の6月用、左は冬至の12月用のもの。昼と夜、一刻の長さの違いがよく分かります。月毎の太陽の動きに対応した12ケ月分の異なるリングが用意されています。

江戸時代の不定時法と「銀に月」の使い方

 江戸時代〜明治初期まで使われていた時法は「不定時法」とよばれ太陽の動きをもとに決められていました。夜明け時と日暮れ時を基準に1日を昼間と夜間に2分しそれぞれをまた6等分し、1日を12の刻(十二支の名が付けられていた)で計っていたのです。これは全世界的に見ても例の無い日本固有の時法なのです。
 この方法ですと1日の中でも昼と夜では1刻の長さが異なり、当然夜明け、日暮れの時間も日々変化しますので時節によっても各刻の長さや始まる時間が変化するのです。当時は1年間を24の期間に区切り「刻」を変更していました。
 なんとも複雑怪奇な時法ですが、時計がごく一部の大名の贅沢品であった時代、誰もが共有できる時間の目安が太陽の動きであることや、電気のない時代ですから明るくなったら働いて暗くなったら休むというごく自然な生活リズムを考えるととても合理的で理にかなった時法であるといえるのです。
 この「不定時法」も時代の流れから
明治5年(1872)に1日を均等な24時間で計る現在の「定時法」にあらためられました。

  
●江戸時代に使われていた時法について

●「銀に月の使い方」

ベゼル